五感を駆使して、ゆったり走る。
四季と自然を楽しむバイクライフ

モーターバイクジャーナリストとして長年活躍してきた栗栖さん。若い頃からバイクに親しみ、ツーリングを楽しみ、バイクの魅力を知り尽くしてきた栗栖さんに、シニアになってからのバイクに対する心の変化やバイクの尽きぬ魅力、シニアライダーに向けてのメッセージなどを伺った。

原付に乗った瞬間、バイクの虜に。
そしてプレスライダーへ

栗栖さんのバイク歴は、長い。はじめて乗ったのは高校生。といっても、クラスメイトのバイクの後ろに乗せてもらった時だった。高校を卒業し、もっぱら移動の手段は自転車であったが、次第に地元の友達も原付や中型バイクに乗るようになっていた。昭和48年頃。ちょうど、バイク流行の兆しがあった。

後ろに乗せてもらうと、風を切るその速さは自転車とは比べ物にならない。もちろん、坂道でもこがなくていい。「これはラクでいいぞ! 楽しいぞ!」と開眼するのに、さほど時間はかからなかった。はじめて買ったのは、ホンダのCL50。

もともと旅が好きだった栗栖さん。CL50を手に入れてからは「これさえあれば日本中どこまででも行けるじゃないか」と、気が大きくなったという。

「たいした用事もないのにあちこち走り回ってね。50ccで伊豆や箱根あたりまで行ってましたよ」

当然、すぐに50 ccでは物足りなくなり、90 ccに乗り換えてからは大阪まで行ったこともあったとか。

そんな、バイクを乗り回すのが楽しくて仕方なかった栗栖さんは、あるとき世の中に「バイクに乗る仕事」があることを知る。それはプレスライダーだった。

インターネットもなかった頃、急ぎの原稿をバイクで運ぶ、会社お抱えのライダーたちがいた。それがプレスライダーだ。栗栖さんは、競馬新聞とテレビ局の掛け持ちでプレスライダーとして仕事を始めた。

競馬場で記者席から原稿をもらって会社に戻る。あるいは野球場でカメラマンからフィルムを受け取って局に届ける。テレビ局で急いで現像して、その日のプロ野球ニュースに間に合わせる、といった具合だ。

しかし90ccでは高速道路に乗ることができない。栗栖さんは大型免許を取り、さらに大きなバイクに乗るようになった。

昭和50年代に入り、時代はバイク好きにとって追い風が吹いていた。バイク雑誌もいくつか創刊し、栗栖さんは広告写真のモデルを頼まれたり、さまざまなバイクに乗って乗り心地や性能をインプレッションしたり、ツーリングレポートを書くようになる。

以来約40年。栗栖さんはバイクに乗ってまっしぐら。モーターバイクジャーナリストとして走り続けているのだ。

栗栖国安 1955年生まれ、東京都出身。プレスライダーから広告制作会社勤務を経て、27歳よりバイク雑誌業界入り。以来、ニューモデル試乗からツーリング紀行まで幅広く活動している。

気温や自然の移り変わりを肌で感じる
ツーリングの魅力

そもそも、バイクの魅力とは何だろうか。若い頃バイクに親しんだ多くの人が、その後は車へと乗り換えている中で、長くバイクに乗り続けている栗栖さんにこそ、その魅力を聞いてみたい。

「たとえば、いろいろなところをじっくりと観てまわるなら徒歩が一番。その次は多分、自転車でしょう。でも、自転車は長時間乗っているとやっぱり疲れちゃう。そうすると集中力も切れちゃいます。実は、自転車に比べればバイクは疲れないんです。それに、車に比べて、移動している間もいろいろな情報が肌から入ってくるでしょ?」

旅好きな栗栖さんにとって、旅の喜びは目的地だけにあるのではない。家を出てから肌で受ける気温の変化、植生の変化、風の強弱、香り、天候の移り変わり……。栗栖さんにとっては、五感を通じて感じるそれらすべてを含めて、旅なのだ。

「バイクは、移動するスピードと、それらの情報を取り入れることのできるセンサーのバランスが一番自分にフィットしているんです」

峠を越えれば、景色が変わる。
変化があって飽きない日本の風景

仕事で海外でもツーリングをしてきた。オーストラリア・ニュージーランド・イタリア・フランス・タイ・韓国・アメリカといった国々だ。3時間走ってもまったく景色が変わらないような雄大な大地も駆け抜けた。そこにも魅力はあった。

「でも、ワインディングロードを抜けて峠を越えるとまた、違う景色があって。それぞれの景色はコンパクトだけれど、個性がある。そんな日本でのツーリングが一番飽きないですね」

実際、外国から来日したライダーを案内すると、一様に彼らは「日本の風景は、変化に富んでいて楽しい」と言ってくれるそうだ。

たとえば、東京から日帰りできる距離であっても、風光明媚な景色を楽しめるコースはいろいろあるのだとか。

・ 春、新緑が迫る奥多摩で、少しひんやりする山の冷気を感じながらそばを食べるのもいい。
・ 48のカーブが名前の由来であるいろは坂は、秋の紅葉が見事。上りきれば中禅寺湖がぱっと目の前に広がる。
・ 海と山の景色が両方楽しめるといえば伊豆半島。特産物がそれぞれ楽しめるのもまたいい。海沿いの国道135号を行けば、雄大な海を眺めながらのツーリングになる。伊豆スカイラインに入れば、山の景色を堪能できる。
・ 勢いで箱根に向かえば、さらに楽しい。目の前に大きくその姿を現していく富士山。見下ろせば、芦ノ湖がその湖面を光らせている。ワインディングロードを楽しむもよし。秋であれば仙石原のすすき草原に心を奪われるのもまたいい。

急ぐことはない。お腹が空けば腹を満たせばいい。景色を見たければしばしそこに留まり、自然に思いを馳せればいい。自由気ままに楽しむのがツーリングの醍醐味だと栗栖さんは語る。

房総にて(写真:徳永茂)

栗栖さんは現在、バイク雑誌で関東近辺のツーリングの連載などをいくつか持っている。場所はどこにするのかも自分で決め、メーカーに連絡をとり、バイクを借りる。40年にもわたる長年の相棒であるカメラマンと阿吽の呼吸で取材をし、その楽しさを文字にして多くの人に伝えている。

さて、ここまで読んできて「ああ、そうだった。若い頃、自分もバイクに乗ってたな。なんだかウズウズしてきたなあ」と思った方もいるのではないだろうか。

昨今では、若い頃に楽しんだバイクをシニアになってまた始める人が多いという。しかし、いわゆる「シニアライダー」は、たとえば体力や判断力といった点で、危険な要素もあるのではないだろうか?

「いえいえ。若い頃は、抜かれると『こんちくしょう』と抜き返すようなこともありましたが、今は無茶はしません。むしろ、無茶をしないから、シニアライダーは安全なんですよ」と栗栖さんは笑う。

とはいえ、シニアならではの気をつけなければいけない部分もあるという。

バイクの性能は良くなっているが、
人間の能力は年々落ちていく

「まず気をつけなければいけないのは、昔より格段にバイクの性能が良くなっていることです」

アクセルを開ければ簡単にスピードが出る。ブレーキの性能もいい。トラクションコントロール(TCS)やアンチロック・ブレーキ・システム(ABS)などが多くのバイクに付き、砂利道でスリップしても、フルバンクでブレーキをかけても転ばないようなバイクになっている。しかし、どんなに性能がよくても、止まる技術というのはライダー次第だ。あわてて止まれば「コケる」のは道理である。

バイクが良くなる一方で、性能がどんどん落ちていくのは人間のほうだ。判断力、視力、反射神経……。脳が判断して手足が動くまで、コンマ何秒かは間違いなく遅くなっている。そういう状況を自覚した上で楽しめばよい、と栗栖さんは言う。

「自分の力の50%以下で走っていれば、残りの50%で事故の回避ができたり、周囲の風景を見る余裕にもまわせるでしょう」

栗栖さんのライディングフォームを見ると、とてもリラックスしていることがわかる。体のどこにも力が入っていないが如く。まるで力んでいない。肩はゆったりと力が抜け、姿勢はいい。手首は軽くハンドルを握り、手の甲から二の腕までは一直線を保つ。表情にも余裕がある。だから、たとえ1,000キロ走っても疲れないのだろう。

シニアライダーへのアドバイスもお願いしてみた。

根底にあるのは「事故を未然に防ぎ、安全に走行する」に尽きるのだそうだ。

【その1】軽めのバイクからはじめよう

「たとえば60歳を超えてから久々に乗りたいなら、まずは400cc以下のバイクからはじめてはどうでしょう」

年をとると、見栄もあってかある程度大きなバイクに乗りたいという気持ちもわからないではない、と栗栖さん。しかし、グラッときたときに体力的にバイクを支えられない、押して歩くこともできない、ガレージから出すにも苦労する、となると、だんだん乗るのが億劫になってしまう。何より、倒れたら起こせないかもしれない。

「250ccであれば、ラインナップは相当増えました。レーシーな感じだけれどポジションはラク、という国産バイクは数多くありますし、BMW、KTMといった外国製バイクにもいまは400cc以下のモデルがあります。これらのバイクなら軽くて、シニアでも乗りこなしやすいのではないでしょうか」

【その2】一日の走行距離は、まずは300~400km以内に設定

シニアにおすすめのコースはあるのだろうか。

「たとえ山道だってスピードを抑えて走れば問題ないので、どこを走ろうと自由ですよ。ただ、走行距離に関しては、1日せいぜい300~400km。つまり日帰りなら、片道150キロ程度にとどめましょう」

湖の周りをぐるりと走るだけでも楽しめる要素は山ほどある。距離を稼ぐことよりも、景色や食べ物、コースなど、自分なりのツーリングの楽しみ方を見つけていくのがいいのではないだろうか。

【その3】自分もバイクも「メンテナンス」は欠かさない

安全に乗るために栗栖さんが毎日欠かさないことは「バイクと自分、双方のメンテナンス」だ。

日々身体は固くなり、力は落ちていく。だからこそ柔軟力を保つためにストレッチは欠かさない。電車に乗ったときには、窓から景色を眺めて動体視力も鍛えているとか!

また、バイクも常にメンテナンスをして、トラブルを招かないようにチェックは怠らないという。

【その4】交通の流れは妨げない

「安全運転というのはゆっくり走るだけではありません。交通の流れを妨げないよう、上手くその流れに乗ること。危険を早めに察知するためにゆっくりめに走るのです。回避できる危険は回避しましょう」

運転スキルがどんなにあっても、交通の流れに乗っていなければ危険度は増す。バイクの場合、事故は命に直結してしまう。常に先を見通し、危険を察知し、回避する。とっさの判断力が鈍りがちなシニアだからこそ、目配り、気配り、二重三重の備えが必要だ。

ツーリングで脳と心に健康を

富津岬にて(写真:徳永茂)

実は、バイクに乗ることは認知症防止にもなるという説もある。アンテナをあらゆる方向に張っていること。手、足、頭、すべてが違う動きをしていること。適度な緊張状態を保てることなどが、その理由だそうだ。

今でも月に3~4回、仕事で約2,000kmほどを走っている栗栖さんは、年に何回かは家族ともツーリングを楽しむ。インカムをつけて家族同士会話を楽しむ、いまどきのスタイルだ。

「いま僕は62歳です。70歳の先輩もまだ現役でバイクに乗って仕事を続けているので、僕もまだまだやめられません。安全第一で楽しみながら仕事を続けるつもりですよ」

笑顔で、17年間乗り続けている愛車・ヤマハセローにまたがった栗栖さんは、エンジンの音も軽やかに都会の喧騒の中を駆け抜けていった。

(取材・文:宗像陽子 写真:金田邦男)

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